私たちは「定型」という罠の中で
3週間、日本を堪能してロンドンに戻り、
時限を調整?するかのように2日間くらい寝倒しました(笑)
私にとって、この日本での3週間は一生の宝物ですよ。心通える繋がりと、自分がやりたいことに真っ直ぐに取り組んだからね、、
発達障害学習支援サポーターの資格試験勉強が、
思いのほか時差ボケが酷く、思うように集中できなくて結構焦っていたり、、。ただ試験前夜に、勉強用のテキストをもっと分かりやすく図式化したり(主に学習支援の構造部分)、インデックスを付ける、時代も分野もバラバラな情報(診断基準、法律、特性、特徴など)は、時代によって内容が変わったりしているし、区別が付きにくかったりするので、今の時点での流れをまとめた表だったり、補足があればきっともっと理解がスムーズだな、とか、今支援している生徒へ導入できそうなアプローチがどんどん浮かんできたり、、ひたすらにワクワクした夜中の2時でした(笑)
ほぼ寝ずに試験当日を眠眠打破と共に迎え、ご飯を食べれば眠気に襲われると思い、何も食べずに、眠気覚ましにスクワットをしながら朝も3時間ほど勉強していました(なんとも滑稽すぎる)
間違いのある文面を探す問題が難しかった。曖昧な表現に対して裏を読み過ぎたり、、早く終わるかなと思ってたけど結局1時間半ギリギリまで考えて、、80%取れて無事に合格出来ました!
テスト後も会う人会う人に発達障害について聞かれたりして、、今回学びが私だけでなく、他の人の、さらにはその他の誰かの理解に繋がることを経験できたり、、。
スペクトラムとは連続体のことで、
私たち皆、そのどこかに位置していて、それぞれに違った特性があるだけで、「普通」とか「定型発達」みたいなものは、人が作った理想にすぎないんじゃないかと思います。
私が今やろうとしていることは、
「自分の文化」を築くこと。「生き方」というかね。言うてもせいぜいあと、、50年(え?そんなに?!)生きるとしても、命には終わりがありますから、、ほっといても終わりは来るのでね、どうせ生きるなら楽しく有意義でありたいと思った時に、誰かが決めた型からは大きく逸脱して、「私」を生きて、なんなら周囲の人を「educate」するくらいの気持ちでおります。
こういう私を理解して頂かないことにはどうも生きにくいわけで、、。生きやすくするには「常識」というものを自らが動いていくことで作っていく。そんなことを周囲の人に話していた3週間でもありました。
まあ、似たようなことを高校生の頃からやっているので、高校時代の友人に関しては既に「はなえならまあ分かるわ」と、私がどんな決断をしてもそう言って理解をしてくれます。ただ若干心配もされますが、そんなことは毎度のことで、私にとっては、「心配させてるわけじゃなく、勝手に心配をしたくてしている人たち」という認識。なので「心配をかけてごめんね」の意識が一切無いのですが、、笑
それは、主体がいつだって「自分」だと、そういう価値観になる。「自分」を大事に生きるから、同じように「他者」への尊重もすごくします。だからと言って私は1人で生きていけるかというと、全くもって無理だし、人が大好きだし寂しがりな面も大いにあるし、特に好きな人にはとことん大好きな気持ちを伝えるし、、。
自分が主体であっても、自分勝手に1人で生きるってことではないし、人の気持ちが分からなくなることでも決して無い。むしろ全て逆なんだなぁ、、。
久々だから結構長い日記となりました♡
あー幸せ。
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