大人になるのに飛び級は、ない。
「ママ、僕を見ててね」
小さい頃に手が掛からない子であっても、
手が掛かる子であっても、
子供達は(私たち人間)、
毎日毎日大好きな母親に自分を見てて欲しいと、実は叫んでいる。
大人にとってはどうでもいい内容かもしれないけれど、こんなことできるよ、こんなことやってるよ、これが好きなんだよ、面白いの見つけたよ、うまくやったよ、すごいでしょ、の塊。
それは本当は母親にしか務まらない役割なんだろう。。。
他の誰でもなくて「母」
この欲求こそが私たち人間のエネルギーであり生命なんだなぁ。。。。
母親と対峙できなかった幼少期を過ごした人は多くいると思われる。それは誰かが教えてくれるわけでもないから、それに気付かない母親だったり、子供が自分で気づくなどは皆無。
少しくらいの「聞いてあげた」じゃ、彼らには足りないんだよね。
大人になってもどこかで続いてたりするから。。
すごいなぁと思いながら。。。
いつだってお母さんに、すごいねって言われたいのが人間だってことには気づかないまま、人生を歩み、違う形や人でその欲求を満たすことも大いにあるだろう。
何度も何度も母親を試して、
どんな自分でも愛してくれるかのラインを見ながら、、ストッパーを知らないまま大人になった場合、時に自己コントロールが効かない人間となってしまう。
自分で社会で頭を打ち悔い改めるか、
何度も失敗をし続けても、ただひたすらに母代理を追い求めるか、、
歳をとってしまってからは、
なかなかそれほどの過去までに遡ったり、
そんな純な気持ちも遠く昔のことで思い出せなくなってしまってたろする。
いい子なんかでいるんじゃないよ。
子供達にはそう伝えたい。
いい子をした分、
どうせ後でイヤイヤ期は必ず返ってくるからね。
ちゃーんと、
これは嫌だ、あれが嫌だと、
ママにいっぱいワガママを言って困らせないと!
大人になるのに、
飛び級はどうやら、
ない。
面倒だけどね、、
乗り越える側も受け止める側も。。苦笑
楽なことばかりじゃないし。
それでもその相手が自分の子供なら、
やりがいはあるはずだよね。
我が子相手にやれないなら、誰を相手にやれるのか?とも言えるしね。
真っ向勝負は危険!
我々親は、大人である自覚を。
子供相手に掻き乱されている場合ではない(笑)
そして「不登校は立派な意思表示」だと私は考えます。
Honey xx
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