恥ずかしいことを言ってみる

鈴木さんと私のラジオ⬇︎で話していたことを正面から受け止めてくれた友人が、今朝コメントをくれた。

こんなフィードバックを貰えるなんて。


私は彼女の発言が恥ずかしいことは全く思わない世界で生きています。なので感覚的には、毎日のように誰かしらを「言葉で抱きしめている」それは湧き出る感情でもあるし、感じたことをそのまま外に出せるようにと意識的に若い頃からやっている習慣でもある(抱きしめてもらいたかったら自分から抱きしめに行く)

純度高めの二人がこうやって出会って語り合うことが、周りの人をこうして感化できるかも知れないことを感じられるいい1日です。。


現実に、毎日の中でどう人と付き合っていくか、
社会での自分の立場を守りながらも、自分が気持ちよくいられる「自分なりの文化」を、少しずつでも示していくこと。それは「こんな自分」を理解をしてもらうことだし、結果居心地の良い場所を作る大事な作業でもある。それができて初めて、相手に対しても尊重というバウンダリーを確保しながら、飲まれない程度の良い関係性を築けるのかもしれない。


そして最後に、

チャンスをチャンスと気付き、更にはそのチャンスを原動力として実際に動いてみてフィードバックを得ること。この一連の流れを繰り返しながら、微調整をしていく。それは一生死ぬまで続く終わりのないことかもしれないけれど、自分の成長を目の前で見ているのは自分であるし、努力も達成した時の喜びも、全部自分のものになる、ということ。

そしてこの友人のようにシェアしてくれると、鈴木さんと私の自信にもなるんだなぁ♡



ps もし、死後の世界で天国に行けないとなった場合は、まず神様か高次元か知らないが、の最高裁に物申立てに行きます。納得のいかないことはどの世界にいても必ず自分で納得のいくものに変える。

A5 EIGO LESSON

楽しければもっと学びたくなる

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